常々自分の容姿に自信のある奴だとは思ってたが。
汗ばんだ背中、紅色に染まる項、乱れて湿った髪――少し掻き分けると赤く染まった耳が見える――それからシーツをぎゅっと握り締める手と、節くれ立った指に掴まれる腰。この景色を見るだけで頭がクラクラする。二人揃って念願の日に、それでもいつもより足りない時間しか顔を見ていない。ちゃんとした声も聞いてない。キスも、多分、最初しか。初心者同士一番楽な体勢でしようと言ったのは俺だった。でもその提案を、ああもあっさり受け入れられるとは思っていなかった。てっきり、顔を見てシたい、ってこいつなら言うかと……それを宥めすかすところまで算段していたんだから、拍子抜けと意外さと、羞恥で顔が変になりそうだった。その時にはもう俯せにさせていたから見えていなかっただろうが。それで今、少し後悔している。これじゃあ、痛みが少ないのかも、気持ちよさを感じてくれているのかもわからない。わからなかった。言葉で直接聞いてみても届いているのかどうか、曖昧なジェスチャーしか返ってこない。参ってしまっていた。……参ってしまっていた。
暑そうな髪を掻き分けて拍子に耳に触れてしまった時、予想だにしていなかったのか、ビクリと大袈裟に肩が震えた。瞬間少しだけ顔が浮いて……そうか、ずっと枕に顔を押し付けて声を吸い込ませていたんだなと、気づいた。
ある日のなにかの時だったか、グラースは髪を整えながら「格好つけたいんだよ」と殊勝に言った。それから、「……特に好きなやつ相手には、美しい僕だけ見て欲しい」と、こちらを見てそう言った。だらしのない姿も戦場でボロボロになった姿も喜怒哀楽の様々なくるくる変わる情緒も見せておきながらそう言うんだから、相当自分の美しさに自信がある発言だ、と半ば感心しつつ、実際のところ俺の見てきたそのグラースの姿すべてが美しく見えたのだから惚れた欲目は置いといて事実を貫いている。だからその時は煙草を吸いながら笑っただけだった気がするが、今、それを思い出してああそういえば、と。
こいつのそれは、醜い僕を見て欲しくない、の裏返しだ、と。
解っていたはずなのに。
参っていた。
常々自分の容姿に自信のある奴だが、中身の方は実際どうだ。虚勢は張っている。だが殻を破れば脆いということを、嫌というほど知っていた。
……極端に嫌われることを恐れているのも、知ってる。
「グラース」
できるだけたっぷり愛が乗るように甘くしたつもりの声で呼べば、手が布を掴む力と、下が俺のものを締める力が、同時にキュッ、と強くなる。
なぁ、グラース、俺、参ってるよ。
「グラース、顔が、見たい」
「……、」
「……見せてくんなきゃもうやめる、って言ったら?」
返事はなしにズッ、と鼻を啜るような音がして、意地悪を言ったな、と苦笑う。反省はしない。
様子を見ながら動かしていたおかげで緩やかすぎるほど緩やかだった動きを止めれば、言葉通りにやめると捉えたのか、迷うような素振りを見せる。それでも枕に顔を押し付けるのだから、意固地なのか、後に引けなくなったのか、ほんとうに見せたら嫌われると思っているのか、……そのどれでもぐちゃぐちゃになるほど愛しくて、このままじゃどうにかなっちまいそうだから、可愛い恋人に救ってほしい。
「グラース」
「……ぃ、や、だ」
「なんで? 痛かったか」
「ぃたくは、ない」
「……お前、自分が今どんな顔してんのかわかってる?」
「……っかんねぇよ、」
「俺も。わかんない、だから知りたいんだグラース、見せてくれよ、なぁ」
「……ゃ、だ、」
「…………じゃあ、俺の顔も見たくない?」
「え?」
「俺の今の顔、見たくないのか、グラース?」
「…………………………見たい」
「ならお相子でってこと、っで」
「なっ! おいっタバティエールッ! ちょっ、まっ……………………」
思わず唇に齧りついてもしょうがない可愛さだった。身体をひっくり返して肌を合わせながら貪るように口を吸う。暴走して初めての身体を傷つけないように気力を振り絞って一旦性器を抜いた。まずはグラースに伝えないといけなかった。初めての快感でどれだけみっともないと思うような顔を晒したとしても、俺の目にはきっと魅力的にしか見えないということ。俺だって絶対にみっともない顔を今夜、初めて誰かに晒すのだということ。
やっぱり少し後悔した。
「その顔、もっと今夜の最初からじっくり見ときたかったな」
「な、ぁ、~~~~~ッ!!!!!!」
どうか俺だけにしかその顔を見せないで、とも、付け加えて伝えよう。