君に紅茶を

昨日紅茶を受け取って温かそうにほっと息をついた、彼を今銃の姿で抱えて走っている。もう少しだ、もう少しでマスターのいる基地に着く。杖の形の君の感触が、冷えていて、俺は早く、今すぐにでも、彼にまた紅茶を淹れたくなった。


自分用のコーヒーを注いで、それから紅茶を淹れてキッチンから差し出すと、彼は驚いた顔をした。こんな夜中に自分以外の存在がキッチンに居たことにも、わざわざ自分のために差し出された紅茶にも、驚いたような顔をした。それで、彼は自分のための紅茶は自分で淹れたものを飲むのが常だったのだと気が付く。ほら、冷めちまうぞ、と声をかけると彼はハッとしたように受け取って、それから、ありがとうございます、と微笑んだ。それから、十五分くらい、とりとめもない会話をして、お互い明日の作戦の無事を祈って、眠りに行った。

そんなことを思い出す。マスターならきっと別の作戦から帰ってきている頃だ。こちらの隊に予期せぬ世界帝軍との接触があった報も届いているはず。衛生室は空いているだろうか。連中は俺の心銃で薙ぎ払ってきたが、追っ手が来る可能性もある。後方を気にしながら、レジスタンスしか知らない基地へのルートを駆け抜けた。銃に戻った彼を抱えるのは、これが初めてになる。この彼が、昨日、俺の紅茶を飲んで、笑ってくれた。きっと、いつも君の淹れている紅茶の方が美味しかったはずなのに。マスターに早く会って、彼を預けたかった。あの俺達貴銃士を否応なく慰める、彼女の顔が見たかった。頼む、はやく、ケインを、頼む。どうか。


いつもの余裕はどうした。高貴さが足らない、とシャスポーに後言われた。
衛生室で目が覚めた後のことになる。俺も相当な傷を負っていた。今はマスターちゃんのおかげで全快しているけれど。
心配して訊ねてきてくれたマスターちゃんにお礼を言って、それから、隣のベッドを確認する。ケインだ。あの、艶やかな金糸と瞼の裏に夜明けの色を閉じ込めた、貴銃士の姿の、ケインがそこに眠っていた。長い息を吐いて、それからよかった、と声が零れた。御小言を話したシャスポーは(それでも心配して来てくれたのだろうが)そのまま鍛錬へと戻っていった。マスターちゃんも別の貴銃士に呼ばれて部屋を出ていき、残ったのは、俺達二人だけ。
二人きりだから、いいかな、と思いが湧いて、髪をさら、と撫でる。本当はその毛先に口付けたい。
ああ、愛しの君よ。君はあの瞬間、俺を庇って。

夜明けが、こちらを見つめた。

「おはようございます、タバティエールさん」

ああ俺ははやく君を抱き締めたかったし、おかえりを言いたかったし、その温さを感じたかったし、それで、紅茶でも、飲むかい、と、聞きたかったんだ、全部叶って、一番見たかった、君の笑顔が見られて、俺は、ああ。
「あなたの淹れてくれた紅茶が、飲みたいです」
ああ、まるで愛の言葉のようだった。